2023年04月02日

新刊紹介(22)

鹿児島近代初期英国演劇研究会 大和高行・小林潤司・山下孝子・丹羽佐紀・杉浦裕子 [訳]『近代初期イギリス演劇選集』(九州大学出版会、2023年5月刊、ii+595頁、定価:本体6,000円(税別)、ISBN: 978-4-7985-0344-8)

大和高行(鹿児島大学教授)

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このたび、シェイクスピアに至る近代初期イギリス演劇の翻訳選集を上梓しました。

シェイクスピアは一日にして成らず! シェイクスピアへの大いなる助走!!

本書は、近代初期イギリス演劇がその黄金時代に到達するまでの展開を、本邦初訳を含む4作品で辿ったものです。英文科生であれば英文学史を受講する時、ブランク・ヴァース (blank verse) というシェイクスピアが得意とした詩型で書かれたイギリス初の本格的悲劇として必ず学ぶ戯曲であり、伝説的なブリテン王による王国分割が引き起こす悲劇『ゴーボダック』(ノートン/サックヴィル)、シェイクスピア劇でも言及される往年の大人気作『キャンバイシーズ―ペルシャ王カンビュセスの生涯』(トマス・プレストン)、アーサー王伝説に取材した法学院劇の代表作『アーサー王の悲運』(トマス・ヒューズ)、旧約聖書に登場するダビデ王を扱う『ダビデとバテシバ』(ジョージ・ピール)を収録。各作品をより深く理解するための作品解説、より楽しく鑑賞するための詳細な訳注を付しています。

序章「シェイクスピアへの大いなる助走」が意味する通り、本書に収録されている戯曲4編はいずれも近代初期イギリス演劇の成立と発展に深くかかわり、演劇史的に重要です。

本書の刊行にこぎつけるまでに特に苦労したのは、450年以上前の近代初期の英語で書かれた戯曲を翻訳する際に、OED2 (The Oxford English Dictionary, 2nd edition) を引いて語義を決定しなければならないうえ、文脈に合った適切な日本語で訳さなければならなかったという点です。

たとえば、“changeling”という単語は通例は妖精が人間の赤ん坊を連れ去る時に替わりに残していく醜く愚かな赤ん坊を「取り替え子」といい、そう訳されるのが一般的ですが、本書においては『ゴーボダック』の注(66) で示したように、OED2 の語義3「痴愚者」の意味で解釈しています。また、『キャンバイシーズ』第5場38行の “relief”は、野球のリリーフでもなじみがあるとおり、現在では通常「安心」や「救援」の意味で使われますが、それを「生活の糧」と訳しました。これは OED2の “relief2” の語義3.†b. Sustenance. Obs. を採用した次第です。

終章は英国ルネサンス期演劇の訳書刊行の状況を総括する書誌学的資料となっていますが、この分野の簡易目録としての価値に注目していただければ幸いです。これは、各大学図書館を渡り歩いて実際に現物を確認できたものだけを掲載したものですが、意外な古書と出会う幸運に恵まれてリスト化できたものがたくさんあります。ざっと眺めるだけでも、この時代にこの戯曲の翻訳が出ているというように、我が国における翻訳史を確認することができるものと期待されます。

一例を挙げれば、『世界戯曲全集 第4巻 英吉利古典劇集』(世界戯曲刊行會、1930年) には、英国ルネサンス期の演劇三作品、ジョン・フォオド『絶望』竹友藻風訳、クリストファ・マーロウ『フオオスタス博士』岸弘訳、ベン・ジョンスン『十人十色』北村喜八訳が収められていますが、どれも古風な日本語とはいえ名訳ばかりで、このような早い時期に画期的な翻訳集が刊行されたことに驚嘆せざるをえません。

屋上屋を重ねるがごとく出版が途切れないシェイクスピア劇の翻訳に比してマイナーといえる劇作品群独特の世界を味わっていただければ幸いです。本書に収録されている劇同様、楽しい世界が広がっているルネサンス期演劇の訳書の数々をお読みいただく新たなきっかけとなればいいと思います。
posted by The Japanese Association for Studies in the History of the English Language at 21:31| 新刊紹介